NABENAVI.net 計算プロジェクト

戦略10以下の2人戦略形ゲームのナッシュ均衡を(混合戦略まで含めて)すべて計算するプログラムなど、趣味で作ったweb上の計算アプリケーションを提供しています。

ゲーム理論 オンライン講義 一覧

東京都立大学 ゲーム理論 オンライン講義

2020年コロナ対応でオンデマンドにした大学の講義動画をyoutubeに公開しています。以下は、そのタイトルの一覧です。

部分ゲーム完全均衡(ざっくりとした説明)

部分ゲーム完全均衡について、ざっくりと説明します。

部分ゲーム完全均衡(Subgame Perfect Equilibrium, SPE)とは「ある点から後がゲーム(部分ゲーム)とみなせるときには、プレイヤーはそのゲームのナッシュ均衡を選んでいる」と考えるゲームの解です。

次のようなゲームを考えてみましょう。

このゲームは最初にプレイヤー1がYNかを選択。Nを選べば右上の戦略形ゲーム(同時ゲーム)に突入し、Nを選べばゲームは終了してプレイヤー1と2の利得が共に2となるゲームです。

このゲームの解はどうなると予想されるでしょう?プレイヤー1は最初の点で、Yを選んだときに、その結果がどうなるかを予想しなければなりません。右上の戦略形ゲームでは、ナッシュ均衡は(B,B)なので、プレイヤー1の利得は1になると予想されます。

このことからプレイヤー1は最初の点でYを選べば利得は1、Nを選べば利得は2になるのでNを選ぶと考えられます。部分ゲーム完全均衡は「プレイヤー1は最初の点でYを選び、次の戦略形ゲームでプレイヤー1と2は共にBを選ぶ」となります。

部分ゲーム完全均衡を正確に学ぶためには、(1)展開形ゲームはどのように書けて、それを戦略形ゲームに変換するにはどうするのか、(2)展開形ゲームにおいて、ある点から後をゲーム(部分ゲーム)とみなせるのはどういうときか、を学ぶ必要があります。それはまた今度にします。今はこちらの動画を参考にしてください。

部分ゲーム完全均衡はナッシュ均衡の1つ

部分ゲーム完全均衡はナッシュ均衡の1つ(精緻化されたもの)です。例を使って、(ボンヤリとですが)説明してみましょう。

次のゲームを考えます。

  • 最初にプレイヤー1がUDを選びます。Uを選べばゲームは終わり、プレイヤー1と2の利得は1と3になります。
  • プレイヤー1がDを選ぶと、プレイヤー2がLRを選びます。Lを選べばゲームプレイヤー1と2の利得は0と1、Rを選べばプレイヤー1と2の利得は共に2となります。

このゲームは、プレイヤー1がUDを選び、プレイヤー2がLRを選ぶ戦略形ゲーム(同時のゲーム)と考えることもできます。

ここで「交互にプレイする展開形ゲームを、同時にプレイする戦略形ゲームに変換できるのか?」という疑問があるかと思います。確かにそこが最大のポイントですね。確かにプレイヤー2は、プレイヤー1がDを選んだのを知ってから、LかRを選ぶわけです。しかし、プレイヤー2はゲームが始まる前に「もしプレイヤー1がDを選んだらどうするか」を決めておくことはできるはずです。またプレイヤー1は、「もしDを選んだらプレイヤー2はどうするか」を推測しなければ自分の選択を決めることができません。プレイヤー1の頭の中では、プレイヤー2がどうするかは、自分が選択をする前(ゲームが始まる前)に決まっていなければなりません。このように展開形ゲームでは「すべてのプレイが行われる前に、各プレイヤーはどの点で何が選ばれるかを決定しておく」として、戦略形ゲームとして考えることができるわけです。

この戦略形ゲームのナッシュ均衡は(U,L)(D,R)の2つです。

一方、このゲームの部分ゲーム完全均衡はどうなるでしょう。プレイヤー2が行動する点は部分ゲームと考えることができます。プレイヤー2はLを選べば利得1、Rを選べば利得2ですからRを選びます。このプレイヤー2の行動を推測すると、プレイヤー1はDを選びます。

均衡の精緻化

ナッシュ均衡がすべて、部分ゲーム完全均衡になるわけではありません。ここで、部分ゲーム完全均衡ではない(U,L)というナッシュ均衡が、どういうものかを考えてみましょう。図では以下のようになりますね。

このナッシュ均衡では、各プレイヤーが(U,L)が起こると予想しています。プレイヤー2は、プレイヤー1がUを選ぶと予想すれば、Lを選んでもRを選んでも利得は同じなので、Lを選んでも悪くはありません。そして、プレイヤー1は、プレイヤー2がLを選ぶと予想すれば、Uを選ぶことが最適です。したがって、この戦略の組は「すべてのプレイヤーにとって、相手がその戦略を選ぶならば、自分にとって最適な戦略を選んでいる」ようなナッシュ均衡になるのです。

確かにプレイヤー2は「プレイヤー1がUを選んだと予想したときは、Lを選んでもRを選んでも利得は同じ」です。しかし、このゲームは同時のゲームではありません。予想ではなく、実際にプレイヤー1がDを選んだ場合には、プレイヤー2は、もはやLを選ばずRを選ぶでしょう。

このように展開形ゲームを戦略形ゲームに変換すると、「プレイヤーが選択した行動の情報」を考慮せずに、プレイヤーの推測を考えることになってしまうように見えます(そう見えますが、本当にそうかどうかは、難しいところです)。

そのため、変換した戦略形ゲームのナッシュ均衡をそのまま解として考えると不完全で、展開形ゲームの構造を考慮して、ナッシュ均衡の中から適切でない解を除く必要があります。これを均衡の精緻化(equilibrium refinement)と呼びます。部分ゲーム完全均衡はナッシュ均衡の精緻化による解の1つです。

  • 部分ゲーム完全均衡は「ある点から後がゲーム(部分ゲーム)とみなせるときには、プレイヤーはそのゲームのナッシュ均衡を選んでいる」と考えるゲームの解
  • 部分ゲーム完全均衡はナッシュ均衡の1つ
  • ナッシュ均衡から、適切でない解を取り除き、解の候補を絞り込むことを均衡の精緻化と言う
  • 完全情報ゲームにおいては、部分ゲーム完全均衡はバックワードインダクションにいよる解になります。

東京都立大学 2020ゲーム理論1 オンライン講義(2020:コロナ対応)

一般向けの原稿や講演など

ゲーム理論に関する一般向けの投稿や講演の履歴、インタビュー記事などをまとめています。(研究業績に記したものと、一部重複があります)

  • 研究論文や学会発表などの研究業績、著書などは、別にしてこちらにあります。
  • 大学での講義と教育履歴は、別にしてこちらにあります

投稿や記事

  1. ゲーム理論の基礎知識(6回のweb連載)、株式会社イプロスからの依頼
  2. 「なぜ非常時にトイレットペーパーがなくなるのか?-経済学で見る買い占め行動」、望星、2021年6月号、44-50、東海教育研究所、2021。
  3. 「ノーベル経済学賞でわかった、「ヤフオク!」を100%使いこなす方法」、講談社「現代ビジネス」、2020年10月27日
  4. 「デマ拡散で買い占め」のワケ:識者に聞く対処法(日経MJ、2020年5月7日)
  5. 「初めてのゲーム理論編」(誌上講義)、週間ダイヤモンド、特集「ゲーム理論入門」、2018年8月4日。
  6. 「企業経営に活かすゲーム理論(後編)」、渡辺隆裕、調査月報、11月号,38-43, 2014。
  7. 「企業経営に活かすゲーム理論(前編)」、渡辺隆裕、調査月報、10月号,38-43, 2014。
  8. 「ゲーム理論入門/「ゲーム理論」は数学か?」、渡辺隆裕、数学セミナー、2014年10月号、 636号、ゲーム理論の数理。
  9. 「囚人のジレンマから見る価格競争」(もし経済学で日本の公共工事を論じたら第2回), 建設マネジメント技術, 32-37, 2013.
  10. 「経済学では公共工事をどうみるか」(もし経済学で日本の公共工事を論じたら第1回), 建設マネジメント技術, 3-6, 2013.
  11. 「経営者のためのゲーム理論入門」(第1回-第18回)、戦略経営者(TKC全国会)、2011年4月号から2012年9月号まで連載。
  12. 「ゲーム理論のキーワード」,現代思想, vol.36, 44-57, 2008.
  13. 「ゲーム理論の基礎知識」, ゲーム理論プラス(経済セミナー増刊号), 37-50, 日本評論社, 2007.
  14. 「ネットオークションでの賢い入札方法とは」, 経済セミナー, 2006年増刊号「経済学が分かる本」, 2006.
  15. 「解説、ゲーム理論とは」(日経ビジネスAssocie 2006年1月3日号)。
  16. 「企業の社会的責任と情報公開-ゲーム理論の観点から」, ESP, No.403, 23-26 , 2005.
  17. 「急成長するネットオークション」(2004年4月19日産経新聞コメント)。

一般の方向けの講演など

大学での講義(教育履歴、非常勤講師等)は、別にしてこちらにまとめています。

  1. 「ゲーム理論-その過去・現在・未来」、パルシステム協力会講演、2022年7月5日
  2. 「高校生のためのゲーム理論入門」<高校生のための大学授業体験シリーズ>東京都立大学オープンユニバーシティ。2022年10月16日(オンライン)
  3. 八王子東高校「探求学習」(2021年10月-2022年1月、3回程度)
  4. 筑波大学附属高校「総合的な探究の時間における探究学習」(2021年10月-2022年1月、3回程度)
  5. 「ゲーム理論って何だろう?」、八王子東高校で講義、2020年11月20日、朝日新聞社企画「プロフェッサービジット」。
  6. 東京都管理職候補者研修(2007年-)
  7. 伊藤忠テクノロジーソリューションズ「ゲーム理論で考える交渉と入札」(2018年1月18日)
  8. 数学検定協会「数学コーチャー研修会」(2015年6月6日東京、6月20日京都)
  9. 「ゲーム理論って何だろう」北海道室蘭栄高校Super Science Highschool講演(2016年10月7日)
  10. 麹町アカデミア「ゲーム理論入門」(全4回、2015年)
  11. 東京工業大学東京工業大学プロダクティブリーダー養成機構「異分野チャレンジ学」(2010年5月18日、2011年1月18日)
  12. 筑波大学ビジネススクール企業科学専攻:(2009年3月)
  13. シブヤ大学「情けはあなたのためになる~ゲーム理論が明かす「情けはひとのためならず」の真実~」(2008年10月18日)。
  14. 東京都特別区職員研修所研修「ゲーム理論と制度設計」(2009年12月7日)
  15. 日本生産性本部「労使交渉などに役立つ論理的思考 ~ゲーム理論を学ぶ」(2013年10月28日、2014年10月23日、2015年10月30日、2016年2月6日、)
  16. 中小企業大学校「経営後継者コース」(2004年-2006年)
  17. 関西電力 社内研修(2007年11月17日、2008年11月15日、2009年11月14日、12月5日、2010年11月13日、12月4日、2012年1月14日、1月28日)
  18. 住友経営テクノロジーフォーラム(2007年1月)
  19. Link and Motivation 社(2005年7月)
  20. 八王子学園都市大学「いちょう塾」(2005年10月)
  21. 政策研究大学院大学「ゲーム理論」(2004年-2006年)
  22. 東京都立大学公開講座(2003年2月)
  23. 岩手県滝沢村「青春ゼミナール」(2000年「賭けの科学」120分1回)

それ「協力ゲーム」じゃないから

ゲーム理論において、間違いられやすい用語は「協力ゲーム」だ。

多くの場合、世の中の状況は「競争」と「協力」に分けられる。
そこで、一般の人(?)は、競争を非協力ゲーム、協力や協調を協力ゲームと呼びがちだ。

呼びがちな人にとって競争とは、「一方が勝ち、一方が負ける」ような状況、例えば、将棋とか囲碁などの遊戯の<ゲーム>、スポーツなどを意味している。
一方、協力とは、交渉とかコーディネーションや囚人のジレンマなどなど、両者の行動によっては、良くなるウィンウィンの状態が存在する状況を意味しているように思える。

ゲーム理論では、上記の状況は両方とも非協力ゲームとして分析される。
あえて上記の状況を呼ぶのならば、競争はゼロサムゲームで、協力はノンゼロサムゲームである。

非協力ゲームと協力ゲームとは何かについては、別の記事に書いてあるが、ここでは使われている用語から見分ける方法を書いておこう。

利得行列、戦略、行動、ゲームの木、ナッシュ均衡、進化などの用語が使われているならば、それは非協力ゲーム。
特性関数、コア、シャープレイ値、仁などの用語が使われていれば、それは協力ゲームである。

静岡大学集中講義「社会システム工学」 講義情報

2023年度

2023年9月に非常勤で集中講義を予定している静岡大学工学部数理システム工学科の講義「社会システム工学」の講義情報です。ゲーム理論を講義します。

受講生の皆さんはLecShizu(静岡大学LMSサイト@工学部)の情報も参考にしてください。宿題や演習もそちらにあります。

以下の講義資料は、変更されることがあります。

オンデマンド学習について

すべてではありませんが、講義内容に沿った動画をオンデマンドで見ることができます。以下を参照してください。
http://nabenavi.net/gametheory/

この動画は文系(東京都立大学経済経営学部)向けのものなので、本講義にある「数式の表記について」という部分に対応している動画はありません。しかし、宿題や演習には十分対応できると思います。以下には、講義内容とURLの対応表があります。

youtube対応表

一歩ずつ学ぶ ゲーム理論

裳華房から2021年秋に出版された「一歩ずつ学ぶ ゲーム理論-数理で導く戦略的意思決定-」のページです。

裳華房のページへのリンク

アマゾンのページへのリンク

正誤表

本にはいくつか誤りがあり、ご迷惑をおかけしています。以下に正誤表(PDF)があります。
ご指摘いただいた方々、特に千葉大学の岸本先生とそのゼミの皆さんには感謝致します。

正誤表(2023.1.31)

演習問題解説

各章末の演習問題で、難しいと思われる問題や、詳しい説明が必要と考えられる問題についての解説(PDF)です。

演習問題の解説(ver. 3 2023.01.31改訂)

なお、裳華房の本書のWebページにも同じものが掲載されています。

本の特長

  • 初めて学ぶ者も数式でゲーム理論を理解できるように、分かりやすい言葉で、省略することなく丁寧に、一歩一歩独りでも学ぶことができることを目指した教科書。
  • ゲーム理論を学ぶ本は、もはや専門書ではなく、教科書・テキストであるとの考え方に立って、さまざまな工夫をした。
  • 数式による定義は必ず言葉で言い換えて、例を使って説明し、必要なものには図解を加えるように心がけた。
  • 集合の用語や引数や述語論理の使い方など、数学に慣れた者には当たり前であっても、初学者が引っかかってしまう数学の概念には数学表現のミニノートとして解説を加えた。
  • 本書で何を学ぶのかについては最初のプロローグに示して、読者がどこまで学習したかが分かる地図を作り、各章のはじめに地図と現在の位置を示した。本文の中で重要な部分は太字にし、checkマークのアイコンを付けた。
  • 章のはじめにはキーワードを示し、終わりにはまとめを置いた。
  • 章末の演習問題を充実させて、解答をつけるのはもちろんのこと、難しい問題には(ネット上に)解説も示した(上記)。

「ゼミナールゲーム理論入門」との違い

「ゼミナールゲーム理論入門」は、図や数値例でゲーム理論の考え方を学ぶようになっていますが、概念の定義は言葉だけでなされています。また、独占やクールノー競争、オークションなど、経済学的な例をやや多く用いています。

これに対して「一歩ずつ学ぶ ゲーム理論」は、企画段階では「理工系のためのゲーム理論入門」という名前であったように、概念の定義に数式も用い、その意味を図や数値例で理解して、(まさに一歩づつ)ゲーム理論を学ぶようになっています。道路の混雑、交渉、投票、コーディネーションなど、例も盛り込んではあるものの、理論を学ぶことに重点を置いています。また「ゼミナール…」より、ややページ数を少なくしています。

オークション理論の本

オークション理論を勉強するために参考となる本をいくつか紹介します。

  • 「マーケットデザイン」, ギオーム・ハーリンジャー (著), 栗野盛光 (翻訳)、中央経済社、2020。
    • マーケットデザインの「テキストブック」として書かれた本。ゲーム理論やミクロ経済学の知識がない初心者であっても、マーケットデザインについての理論と現実の両方について学んでいける本。
  • Auction Theory (Second Edition), Vijay Krishna, Academic Press, 2009.
    • オークション理論の最も優れたテキスト。単一財の独立価値モデル、価値依存モデル、メカニズムデザインと最適オークション、非対称均衡の分析、複数財のオークションと必要な理論が網羅されていて、しかも確率理論の必要となる部分(特に順序統計量と確率順序)がすべて付録に書かれている。数学記号の使い方も厳密で且つ簡潔で、他分野でもこれほどよくできたテキストは珍しい。真面目に勉強したいならばこれでやりましょう。なおfirst editionは2002年に書かれており、まだ売っていてKindle版もある。あくまでも厳密な理論を学ぼうと言う人向けです。
  • 「マーケットデザイン入門」、坂井豊貴、ミネルヴァ書房、2010。
    • Krishnaの本は英語だし重厚なので、まず「日本語で簡潔にオークション理論」を学びたいというなら、これが良い。単一財、複数財のオークションのエッセンスが書かれている。著者の坂井豊貴氏はメカニズムデザインの研究者として知られ、本書もマーケットデザインの入門書として前半をオークション理論に、後半をマッチング理論に割いている。なお、あくまでも厳密な理論を学ぼうと言う人向けです。
  • 「オークションの人間行動学 最新理論からネットオークション必勝法まで」、ケン・スティグリッツ (著)、 川越敏司・佐々木俊一郎・小川一仁 (翻訳)、日経BP社、2008。
    • “Snipers, Shills, & Sharks: eBay and Human Behavior,” Ken Steiglitz, Princeton University Press, 2007の翻訳。翻訳者の中心である川越先生は実験経済学の研究者として知られ、オークション理論にも詳しい。本書も、オークション理論だけではなく、実験経済学や行動経済学の知見や、ネットオークションも盛り込まれており、付録にはオークション理論の簡潔なサーベイがあるので、これを勉強すると良い。理論は難しいな~と思う人も、何とか読めます。
  • 「オークション理論の基礎」、横尾真、東京電機大学出版局、2006。
    • 著者の横尾先生は計算機科学でのオークションとメカニズムデザインの研究者として有名。この本は、計算機科学で特に重要な複数財オークションや架空名義入札という概念を中心にして、オークション理論の考え方やゲーム理論の考え方を初歩から分かりやすく説いている本です。誰もが読むことができます。オークション理論は、不完備情報ゲームという「確率」や「均衡」の概念を用いていますが、横尾氏を中心に計算機科学分野で使われるVCGメカニズムというオークションは耐戦略性という性質を重要視していて、この性質を中心として理論を展開する場合は、確率計算をあまり必要としません。このような分野からオークションを知りたい者には、最良の本であると言えます。
  • An Introduction to Auction Theory, F. M. Menezes, P. K. Monteiro, Oxford University Press, 2008.
    • 洋書を含めてもオークション理論をきちんと説明している本は少ないが、この本はそのうちの1つである。「Krishnaを1冊読みきるのは難しいので、少ない分量で...」というならこの本はどうでしょう。変わった数値例があって面白い。でも、あくまでも理論を学ぼうと言う人向けです。
  • 「メカニズムデザイン」、坂井豊貴・藤中裕二・若山琢磨、ミネルヴァ書房、2008。
    • メカニズムデザインで知られる3人の研究者によって書かれた本で、4章にオークション理論が載っています。本書はメカニズムデザインの一般的な理論を展開し、その適用例としてオークションを捉えたもので、その点では類を見ない本です。メカニズムデザインにも興味があるという人は、先に挙げたマーケットデザイン入門とともに読むと良いでしょう。
  • “Putting Auction Theory to Work,” Paul Milgrom, Cambridge University Press, 2004.
  • オークション理論の第1人者Paul Milgromによる本なので、是非手にしたい。単一財・複数財、独立価値・依存価値など、様々な文脈におけるオークション理論の展開が上記の本とは異なる構成で書かれている。また「積分包絡線定理」という彼のもう1つの研究成果から、オークション理論を捉えようとした意欲作でもあり、彼が携わったオークションの実際の設計に関する理論の適用も書かれている。ただ、数学の記法がやや煩雑でしかも曖昧さがあり、行間が激しく飛んでいる部分もあるので、それを埋めて厳密に理解しようとすると、なかなか大変である。なお翻訳書「オークション 理論とデザイン」、Paul Milgrom (原著), 川又邦雄・奥野正寛(監訳), 計盛英一郎, 馬場弓子(翻訳) があるのもうれしい。

勝者の呪い、独立私的価値と共通価値

単一財オークション理論では、商品に対して入札者がどのような価値を持っているかによってモデル化が異なります。ここではそれと勝者の呪いについて説明します。

独立価値モデルと共通価値モデル

独立私的価値(Independent Private Value, IPV)モデルは、個人によって商品の評価額(=価値)が異なるモデル、他者と自分の評価額が独立しているモデルです。スターやアイドルの所持品や遺品、絵画や骨董品のように「他人にとっては値打ちがなくても、自分にとっては値打ちがある」と言った商品に対して適用されます。この場合、入札者の評価額は入札者自身が分かっており、他者の評価額や情報に影響を受けません。

これに対し、すべての人にとって商品の本来の評価額が同じと考えるモデルを共通価値(Common Value, CV)モデルと呼びます。 ただし入札者はその評価額を正確に見積もることができず、人によって「誤差」が生じます。これは石油や鉱山の採掘権、転売を目的とした商品の入札などに当てはまるモデルです。石油の採掘権(=油田)の評価額は、そこから採掘される油田の埋蔵量☓原油価格によって一意に決まります(採掘にかかるコストを考慮するときもある)。しかし、埋蔵量がどのくらいあるのか、原油価格がどのくらいになるかの予想が人によってずれる(誤差を持つ)ため、入札者がその油田に対して持つ評価額がずれてくるわけです。また転売目的に商品を落札するときは、転売時の商品価格が評価額となるはずです。最終的にこれは一意に決まりますが、入札時の予想は人によって異なるため評価額がずれてくるわけです。

一般的には、個人の評価額は不確実で他者の評価額い依存・相関すると考える相互価値依存モデル(Interdependent Value)と呼ばれるモデルもあり、共通価値モデルはこの特殊な場合として考えることができます。

勝者の呪い

共通価値モデルにおいては、一番高く商品を評価した入札者が、落札して商品を手に入れます。しかし、一般的にその商品の「共通価値=正しい価値」は、すべての入札者の評価額の平均値に近いと考えられ、一番高く商品を評価した入札者は商品を過大に評価しています。落札価格が実際の商品の価値を上回っている可能性もあり、このとき落札者は実際の商品の価値を知ったときに、それよりも高い価格で商品を買ってしまったと後悔することが予想されます。これを勝者の呪い(winner’s curse)と言います。

私が共通価値モデルの話で思い浮かべるのは、「群衆の智慧(ジェームズ・スロウィッキー)」の冒頭に出てくる「雄牛の重さ当てコンテスト」の話です。

1906年にイギリスの科学者フランシス・ゴールドンは、イングランド西部の見本市における「雄牛の重さ当てコンテスト」で、ある調査をしました。このコンテストは、800人の参加者が「雄牛の重さ」を推測し、一番正解に近い人が商品をもらえる、というものでした。コンテストの参加者800人の予測のうち、判読不能な13人を除き787人の平均値を調べた結果、その平均値は1197ポンドでしたが(※1)、雄牛の実際の重さは1198ポンドで、ほとんど一致していたというものです。

この話は集合知=群衆の知恵の代表例として知られています。これはこれで面白くて話したいこともたくさんあるのですが、それはまた別の機会に。

さて、このコンテストが雄牛のオークションであったら、どうでしょうか? 牛肉1ポンドの価格はだいたい決まっているはずなので、 正しい雄牛の価格は牛肉1198ポンド分の「共通価値」になるはずです。そして、それは全員の予想の平均値とほぼ同じになります。しかしオークションを落札する人は、この雄牛の重さをもっとも重く予想した人になり、たぶんその人は落札後に勝者の呪いを持つことになるでしょう。

その商品の価値は一意に決まっていても不確実性があり、その価値を参加者が誤差を持って観察する場合は(ガウスを信じるなら)、参加者の評価額は以下の正規分布のように分布するはずです。

参加者の評価額の分布

もっとも高い評価額は平均値=真の評価額よりも、必ず高いところにあります。もしセカンドプライスオークションの説明で述べたように、参加者が自分の評価額を正直に入札したら、落札者は必ず勝者の呪いを起こすことになります。

共通価値モデルのセカンドプライスオークション

このことから共通価値モデルでは「セカンドプライスオークションでは、参加者が自分の評価額を正直に入札する」ということは成り立たないことが分かります。合理的な入札者は、自分が勝者になっても勝者の呪いが起きないように、自分の評価額よりも低く入札を行うという結果が得られます。

※1 ゴールドンは実際は中央値を用いていたそうです(Wallis, 2014)。

参考文献

  • James Surowiecki (2005) The Wisdom of Crowds, Anchor.(翻訳:ジェームズ・スロウィッキー (著), 小高 尚子(翻訳)、群衆の智慧、角川書店)。※この本は昔は「『みんなの意見』は案外正しい」という名前で出版されていました。こっちのほうが馴染みがありますよね。
  • Kenneth F. Wallis (2014) Revisiting Francis Galton’s Forecasting Competition, Statistical Science, Vol. 29, No. 3, 420-424.