飽食の日本で「贅沢にたるみ、麻痺した舌と胃袋」を、「ぎ りぎりといじめ」、それに「怒りの味、憎しみの味、悲しみの 味を思い出させ」るために、著者は様々な意味あいにおいて苦 しみ飢える人々のいる世界中の国々を訪ねてゆく。そして、否 応なしにそれぞれの場所で生きていかねばならない者達の生を、 「食う」という人間にとって絶対不可欠の行為を通して見、書 いたルポルタージュが本書である。 無論、著者はいつでも飽食の日本に逃げ帰ることが出来る立 場を留保しつつ、それらの国々で敢えて残飯を食っては吐き、 キャットフードを噛み、民族料理に舌鼓を打ったりしているに は違いない。こうした俗に言う「体験」から導き出される主張 は、だから下手をすれば度し難い偽善やひとりよがりに堕して しまいかねない。けれども、本書をそうした落し穴から救い、 魂を揺さぶる真正なルポルタージュにしているものは、単に事 実を正確に記録するだけではなく、現実を目の前にした時の自 らの自然な心の動きをも素直に表現している著者の無類の正直 さであろう。 激しい言葉で語られる主張や問題の提起はここにはない。た だ著者が個人として見てきた世界中の「もの食うひとびと」の 有り様が、その等身大の視点から淡々と描かれているだけであ る。だがそれだけに、本書は現在の「飽食の日本」の異様さと 危うさを、私達の胸に重く突き付けてくる。我々はあまりにご う慢な生き方をしてはいないだろうか。読後、自らの心にそう 問い直さずにはいられなかった。
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