(94-11-1)
title: ケルト −生けている神話−
author: フランク・ディレイニー 著,森野聡子 訳
from: 創元社 2913+87 円
reviewer: 嘉規 香織(kkaki@sci.shizuoka.ac.jp)

理工学分野の学部生に適したよい本だと思います.4月から  この本のもとになったのは、BBCのテレビ番組「 The Celts 」でした。日本でのテレビ放送は 1989 年 1 - 2 月だ そうですから、覚えている人もいるのではないでしょうか?

 さて、ヨーロッパ文明の源と言えば、ギリシャ・ローマ文明 だと一般には教わるわけですが、これらの文明以前にヨーロッ パ大陸にいた民族がケルト民族だったことをどれだけの人が知 っているでしょうか? カエサルの「ガリア戦記」に出て来る 「ガリア」の人たちのことです。

 この本には、ケルト文明の先史時代の遺跡の話に始まって、 ローマ帝国やそれ以後の国々の記録にのこる歴史時代、そうし て現代にも生きているケルト文明とケルト民族の末裔達の話が、 神話を織り混ぜながら書かれています。これまで学校で教わっ たヨーロッパの歴史を通じでつくりあげられたヨーロッパに対 する印象をかなり修正してくれる本でありました。

 文字を持たなかったケルト文明においてはその代わりに複雑 な模様や精巧な金工品が発達しました。この辺りは時代は違い ますが、インカ文明との類似を思い起こさせます。文明そのも のは侵略によって滅ぼされてしまいますが現在もその末裔達が 存在しているところも何と無く似ています。ケルト民族に戻る と、現代においてはヨーロッパでも周辺部(アイルランドやブ リターニュ)にいて、自らの文化の伝統を守る努力を続けてい る姿に、滅びる(消化・吸収される?)文明と残る文明の差に ついて考えさせられます。とりわけアイルランドでは言語と民 族的なアイデンティティとのつながりを大事にしているという ところは、ケルト民族が本来文字を持たずに、語りによって文 化を伝えた名残のように思えます。また特にアイルランドの問 題では、征服・被征服の複雑な歴史が現在に生々しく引きつが れている様子に、ちょっぴり心が痛みます。

 自ら書き残さなかったがゆえに、忘れられてしまった文明の 痕跡は、地面の上にも、人々の心の中にも実は残っています。 前者は遺跡ですし、後者は神話・伝説の類です。それらは、現 代の我々がケルト文明について手に入れられる重要な資料です。 これまであまり触れられて来なかったもう一つのヨーロッパ文 明について、Enya の「 the celts 」でも聞きながら考えてみ てはどうでしょうか?