(96-11-5)
title: 科学論入門
author: 佐々木 力
from: 岩波新書 650円
reviewer: 山下 健司 (kenji@cs.titech.ac.jp)

ニュートンは科学者ではなかった、と聞けば奇妙に思われる だろうか?もちろん、科学とは何なのかを定義しなければ厳密 なことは言えないだろうけれども、少なくとも近代科学の枠組 みから言えばニュートンは科学者ではないと言える。このよう に科学史では常識とされる事実も教科書で教わる「化学・物 理」からは伺い知ることはできない。このような知識を与えて くれるのが科学史という分野だ。本書は前書きにあるように科 学や技術に携わる者が常識的にわきまえておくべき事柄を集成 したものであると言える。

だから、天才科学者の逸話や重要な定理の発見にまつわる裏 話などを知る楽しみとはちょっと距離を置いているが、書かれ ていることはいずれも重要なことばかりだ。まず、近代日本の 科学技術の現状を見据えてから、科学の歴史、技術との関わり について触れられている。なかでも科学と技術の関わりの章で は『ノイマンの夢・近代の欲望』で問題となっていた、「技術 決定論」と「技術の社会構成主義」についての解説がなされて いて興味深い。さらにこの章では「フォン・ノイマン問題」と いう現代科学を考える上で非常に重要となる問題が提起されて いる。

「フォン・ノイマン問題」とは現代の科学技術の危機状況を 象徴するために筆者が用いている造語で、科学者があまりに専 門分野に特化したために、全体的な視野からものごとを把握す ることができず、倫理的・社会的な問題を引き起こすことを指 す。もちろん、この名称は20世紀を代表する天才数学者フォン・ ノイマンにちなんだものである。最終章では脳死と原子力を例 に取り、現代科学技術が抱える問題を浮き彫りにしていく。例 えば脳死はそれ自体独立して考えている限りそれほど問題には ならない。しかし、一旦臓器移植と結び付いて議論されだすと それはディレンマに陥ることになる。臓器移植は医療であると 同時にドナーの死なくしては考えられないものだからだ。さら にいえば、臓器移植を推進する側からいえば、脳死の定義が現 代医療に取って必要不可欠のものと考えられるだろうし、その 立場に立たない人に取っては「死」という重大なものの定義を 医療という限定された領域で推し進められることには抵抗があ るだろう。このように極めて社会的な問題に対処しなければな らない現代の科学者には「フォン・ノイマン」的思考は許され ないのである。

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フォン・ノイマンの伝記

この本を読んでから、フォン・ノイマンの伝記を読んでみた くなった。フォン・ノイマンといえば、ぱっと思い付くだけで も初期の作用素論、数学基礎論における業績、原子爆弾の理論 的基礎付け、晩年の計算機の実現可能性における理論的考察、 ゲーム理論の創設など目も眩むような数学的業績ばかりが目に つくが、その私的な側面にはあまり注意を向けてなかった。そ れで図書館で検索してみたところ、

『フォン・ノイマンとウィナー:二人の天才の生涯』(工学社)

という本が見つかった。これを読んでみようと思ったが500頁 近い大著でそうそう手は付けられそうもない。いつか読み終っ たらまた紹介してみたい。

P.S. フォン・ノイマンの伝記で良書を御存知の方がいらっし ゃったら教えて下さい。


>>渡辺コメント:

私の専門はゲーム理論ですので、ノイマンが何を求めてゲーム 理論を作ったのかはいつも議論になります。

『フォン・ノイマンとウィナー:二人の天才の生涯』(工学社)は もう10年前に読みましたが、あまりにも長くて大変だったのを 覚えています(それしか覚えてないくらいだ)。これを読むと自 分はノイマンよりはむしろウイナーに似ているなあという感じが します。私はまだ読んでませんが、

 「囚人のジレンマ--フォン・ノイマンとゲームの理論」  ウイリアム・パウンドストーン著、松浦俊輔訳 青土社 はゲーム理論の視点からのノイマンの伝記です。こっちの方が 一般向けです。