(97-1-2)
title: 無援の抒情
author: 道浦母都子(みちうらもとこ)
from: 岩波書店,同時代ライブラリー,1990年 (初版は雁書館,1980年)
reviewer: 佐々政孝

 私は不明にして知らなかったが、歌集はほとんど小説と同じ 表現の力を持っていた。一人の歌人の歌を辿ることは、自伝を 読むに等しいのであった。この歌集は1960年代末から70 年代を歌ったものである。もしかすると、これは共時的という よりは、自伝として後年振り返ってかなり推敲した形で出され たものなのかもしれない。  道浦母都子(みちうらもとこ)は、若き日、大学闘争の時代 を私と同じ時期に生きた。冒頭の歌

  迫りくる楯怯えつつ確かめている私の実在

から、彼女が全共闘あるいは今はもう死語に近い三派として活 動していた姿が浮かび上がる。実態はがけっぷちを行くような 活動であり内ゲバも抱えていたのだが、そこに投じた若者の多 くは真摯な思いをかけていたのであった。  反戦デーには騒乱罪が適用され、彼女は下宿で逮捕される。 拘置所で黙秘していた日々の歌には心揺さぶられるものがある。 生々しすぎて引用するのがためらわれるものもあるので次を引 く。

  許されし二枚の毛布にくるまりて眠れど房の冷え果てしなき

 やっと釈放されるが父との葛藤も激しかった。  私自身振り返ってみると、もっと政治性のない、クラスの3 分の1が行くようなデモでも、すぐ近くにいた友人が逮捕され、 数日後拘留理由がつかずに釈放される、というようなことが日 常茶飯事である時期だった。1969年に機動隊の導入によっ て大学闘争が終焉に向かったあと、これもクラスの友人と二人 で小菅刑務所の長い塀を回って面会に行ったことを思いだす。  彼女はその中で恋をする。

恋う人は同志なるかと問う友に向かいて重たき頭を振りぬ

は政治信条と愛との間で揺れる心を表出する。

  ピアノひく君が見たしと告げられぬデモの疲れの果てにて逢えば

は男の子の内心を逆投影し、私には気恥ずかしい。  彼女は迷いつつも結婚し、雪深い地方大学の助手として赴く 夫についていく。夫もまた思想との妥協に悩んだ末に選んだ職 業であったという。それでも、思想を曲げずにすむ職を選んだ、 というある種の後ろめたさが理解でき、大学教員としての私の 胸もかすかに疼く。彼女はその地の養護施設で働くなど、あく までも信条に忠実に生きようとするのだった。だが、党の会議 に出ていく夫との差異がついに二人を別れさせてしまう。

  人知りてなお深まりし寂しさにわが鋭角の乳房抱きぬ

 私から見れば、道浦にはもっと違った道も拓けたのではない かと思うのだが、人生に不器用な人だったからこそ、彼女の歌 が訴えかけるものが大きかったのかもしれない。  私たちは、青くさいが生き方に敏感な若者であった。今は社 会の中心にいるが、本書を読むと、私たちは妥協を繰り返して 生きてきたのではないか、と言われているような気がした。  なお、著者はその後「風の婚」(河出書房新社)を出し、4 0代になって新しい地平に到ったように見える。