(97-4-1)
title: 少年H(上・下)
author: 妹尾河童
from: 講談社 各 1500 円
reviewer: 渡辺 治(watanabe@cs.titech.ac.jp)

著者の妹尾河童(本名:妹尾肇)の少年・青年時代は,ちょ うど,太平洋戦争,第二次世界大戦の時期に重なる.その頃の 日本を,多感な少年の目を通して書いたのが本書である.

 私は,日本が太平洋戦争へと走っていった原因に興味があり, いろいろと本を読んでいる.その結果,「当時の日本人の多く が望んだからでは?」という疑問が出てきた.この感想を述べ たところ,ピュクシスネットの一員である田口氏に,「文章と して残っているもの,あるいはそれに基づいて書かれた物を中 心に読んでいればそうなるのも当然だ.当時は言語統制あった のだから.庶民の考えは違っていたかもしれない」と指摘され た.もっともである.けれども,「庶民の考え方は?」となる と,よくわからない.そう思っていた矢先である.少年の目か ら見た太平洋戦争の話であれば,まさにうってつけの本である. という訳で,思わず買ってしまった.(普段は,文庫や新書し か読まないのだが.)

衝動買いだったが損はしなかった.太平洋戦争の始まるから, 戦後に至るまでの7年間に,少年H(妹尾肇のニックネーム) の周囲で起きたできごとを,彼の目を通して書いている.それ は,小学校高学年だった少年Hが,旧制高校を卒業するまで時 期にあたる.そんな多感な少年・青年の気持ちを織り込みなが ら,さまざまなエピソードが語られる.うまく書かれており, 忙しさを忘れて,一気に読んでしまった.

一方,おもしろいだけに,最初,「本当かな?」という気も した.小学生や中学生がここまで考えるかな?かなり脚色して あるのでは?と感じたのである.でも,これは考えすぎだろう. 自分のことを振り返ってみると,小学校でも高学年になれば, いろいろなことを考えたし,また,大人の理不尽な態度に,大 いに憤慨もしていたことを思い出す.クリスチャンの家庭に育 った少年Hが,戦争へと進んでいった日本,周囲の大人の変化 に,疑問や憤りを感じたのは当然かもしれない.

 本書で印象的だったのは,終戦と,その後の社会の変化に対 する少年Hのやり場のない憤りである.終戦により,今まで 「正しい」と言われて来たことと,正反対のことが今度は正し くなったのである.これは大変なショックだったろう.ただ, 少年Hの場合,戦時体制には強く反発していたし,反戦指向で もあった.だからといって,「それ見たことか,言った通りだ ろ」とは思えなかったのである.むしろ,振り上げたこぶしの 行き先がない,という苦しさを味わうことになったのである. もしかすると,当時の庶民の多くは,このような精神的な苦痛 を味わったのかもしれない.多くの人は,生きるために必死で, そんなことを認識する余裕はなかったかもしれない.しかし, どこかで,自分に嘘をついて,憤りをごまかして過ごして来た のではないだろうか?もしかすると,精神的には,戦争自体よ りも,終戦によって,傷ついた人が多かったのかもしれない. 一般の人たちでも戦争のことを語りたがらないのは,そんな理 由もあるのでは,と本書を読んで思った.