チキンゲーム

チキンゲーム(chicken game)は、2人のプレイヤーがそれぞれ「強気(Bull)」と「弱気(chicken)」のどちらかを選び
(1)相手が「弱気」なら、自分は「強気」の方が「弱気」より良い
(2)しかし両方が「強気」を選ぶと、2人にとって最悪な結果となる
というゲームです。

チキンゲームの例

以下の例を考えてみます。

(チキンゲームの例)2人のプレイヤー1と2はこれから共同でプロジェクトを行う予定であり、契約の前に獲得予定の利益100万円の分配について交渉をしている。2人はそれぞれ「強硬」か「妥協」のどちらかを選ぶ。両方が妥協すれば50万円ずつ折半となるが、一方が「強硬」に出て一方が「妥協」すると、強硬に出た方は75万、妥協した方は25万と利益を分ける。両方が強硬に出ると交渉は決裂してプロジェクトは行われず、双方の利益は0になる。

この状況を利得行列にすると、以下のようになります。

チキンゲームの例(100万円を分ける交渉)

この状況では、各プレイヤー(1と2)はそれぞれ
(1)相手が妥協を選ぶなら、自分は妥協より強硬が良い
(2)両方が強硬を選ぶなら二人にとって最悪な結果となる
ことが分かります。これがチキンゲームです。

チキンゲームの解

チキンゲームの条件(2)は以下の(2*)と(3)ように書き直せるため、チキンゲームは以下の3条件に書き直すことができます。

(1)相手が「弱気」なら、自分は「強気」のほうが「弱気」より良い
(2*)相手が「強気」なら、自分は「弱気」のほうが「強気」より良い
(3)両方が「強気」より、両方が「弱気」のほうが2人にとって良い

(1)と(2*)からこのゲームの解(ナッシュ均衡)は、

一方のプレイヤーが「強気」を選び、一方のプレイヤーが「弱気」を選ぶ

であることが分かります。上述の100万円を分ける交渉の例だと

(A)プレイヤー1が「強気」、プレイヤー2が「弱気」を選ぶ
(B)プレイヤー1が「弱気」、プレイヤー2が「強気」を選ぶ

という2つの解が存在します(実は他に確率で選択を行う混合戦略のナッシュ均衡が1つある)。実際にナッシュ均衡の求め方に従って、利得に下線を引くと以下の図となり、両プレイヤーの利得に下線が引いてある戦略の組は、上記の(A)と(B)であることが分かります。

チキンゲームのナッシュ均衡

この(A)と(B)のナッシュ均衡のどちらが解になるのか、という問題は調整ゲームと同じで難しい問題です。調整ゲームと同じように、それまでの慣習などで「フォーカルポイント」が存在すればそれが解になりえますが、そのようなものがない場合はナッシュ均衡が実現するかどうかも難しい可能性があります。(調整ゲームとの関連は後述)

囚人のジレンマと間違えないで!

よくチキンゲームと囚人ジレンマは混同されます。上記の条件(1)(2*)(3)を見ると、(1)と(3)は囚人のジレンマと同じです。囚人のジレンマを

相手が協力するならば、自分は協力しない方が良い。しかし2人が共に協力しないよりは、2人が共に協力したほうが良い。

とだけ説明すると、これは囚人のジレンマか、チキンゲームか分かりません(相手が協力しないときに、自分は協力したほうが良いのか、協力しないほうが良いのかが分からないですよ)。囚人のジレンマと混同しないように注意しましょう。

調整ゲームとの関連は?

既に見たようにチキンゲームは調整ゲームと同じ構造を持っているようにも見えます。上述の100万円を分ける交渉において、各プレイヤーはAかBの「ラベル」を選ぶこととし、プレイヤー1はAならば「強気」をBならば「弱気」を選ぶことを意味しているとし、プレイヤー2はAならば「弱気」をBならば「強気」を選ぶことを意味しているとし、ゲームを置き換えるとしましょう。このゲームは以下のような利得行列に書き換えることができます。

調整ゲームに書き換えられたチキンゲーム

このゲームは、相手と同じものを選んだほうが良い「調整ゲーム」であることが分かります。チキンゲームはこのように「2人だけの」「1回だけの」ゲームだと考えれば広義の調整ゲームであるとみなすことができ、分析上は区別する必要はありません。

しかしゲーム理論においては、
*多人数のプレイヤーがいて、各プレイヤーは「強気」か「弱気」のどちらかを選ぶようなプレイヤーであるとする(戦略がある程度「固定」されている)。
*それらのプレイヤーが、2人ずつ出会ってゲームを行う
*プレイヤーの戦略は「進化」や「学習」によって更新される
と考える文脈(進化と学習のゲーム理論)もあります。この枠組みでは、上記のラベルの入れ替えはできません。この文脈では、チキンゲームと調整ゲームは異なるものと考えられます。実際に多くの進化や学習のゲームでは、調整ゲームはすべてのプレイヤーが同じ行動を選ぶ(上述のAとBを選ぶゲームでは全員がAを選ぶか、全員がBを選ぶかという結果になる)ことが解になるのに対し、チキンゲームはプレイヤーが棲み分けを行う(上述のチキンゲームでは、強気と弱気を選ぶプレイヤーが50%ずつに分かれる)ことが解になります。

このような進化や学習のようなモデルでは、チキンゲームは調整ゲームよりはむしろ混雑ゲームと似た構造になっていると考えられます。

東京都立大学 2020ゲーム理論1 オンライン講義(2020:コロナ対応)

調整ゲーム

調整ゲームはコーディネーションゲーム(coordination game)の翻訳で、協調ゲームと訳されることもあります。ざっくり言うと「他人と同じ行動を選ぶことが良い」ようなゲームです。結果となるナッシュ均衡は「全員が同じ行動を選ぶ」となるので(確率を用いる混合戦略を除く)、結果の候補が複数あることになります(複数均衡)。

女と男の戦い

ゲーム理論で最初に習う2人調整ゲームは、 以下のストーリーで表される女と男の戦い(battle of sexes)です(変な名前!でも昔は「両性の戦い」と訳されていました。これだとさらに意味不明です)。

アリスと文太は、禅寺かショッピングセンターに行く。2人は相手の行動を知らずに、どちらに行くかを選ぶ。アリスと文太は、お互いが好意を抱いているので同じ場所を選べば利得1を獲得し、さらにそれが自分が好きな場所ならば利得にもう1点が加わり2になる。違う場所を選んでしまうと(たとえ好きな場所に行ったとしても)利得は0である。

「女と男がいて、お互い同じ場所に行きたい。できれば自分の行きたいところがいい!」というそれだけのゲームです。男女が武闘しているわけではありません。この状況を利得行列にすると、以下のようになります。

女と男の戦い(battle of sexes)

この状況では、各プレイヤー(アリスと文太)はそれぞれ
(1)相手が禅を選ぶなら自分も禅を選ぶほうが良く
(2)相手がショッピングを選ぶなら、自分もショッピングを選んだほうが良い
となり、「相手と同じ行動を選ぶことが良い」となります。これが調整ゲームです。

調整ゲームの例

  • どのSNSに参加するか、という問題。自分の友人が皆んなFaceBookを選んでいるならばFBを、インスタグラムを選んでいるならインスタを選ぶことが良い。このように商品に正の外部性(自分が購入する財から得る効用は、他の消費者がそれを多く選んでいるほど高くなる)があるときの消費者の選択は調整ゲームになります。
  • 技術規格のデファクトスタンダード問題。かつてビデオデッキの開発において、各企業はVHS方式とベータ方式のどちらの規格を選ぶかという問題に直面しました。企業の選択は、多くの企業が選択するものと同じ規格を選択したほうが有利になります(wikipedia デファクトスタンダード
  • 同窓会の参加。皆んなが参加するならば、自分も参加したほうが良いけど、皆んなが参加しないなら、自分も参加しないほうが良い。
  • 右側通行か左側通行か。細い道を車ですれ違うとき、右に避けるか左に避けるか。お互いに右か左か同じルールを選ばないと衝突してしまう。

調整ゲームのバリエーション

先ほどの「女と男の戦い」では、相手と同じ行動を選ぶことが良いわけですが、各プレイヤーは、どの結果が最良であるかが異なっています。アリスにとっては2人が禅を選ぶことが、文太には2人がショッピングを選ぶことが良いわけです。このような調整ゲームは非対称(asymmetric)であると言われます。これに対して「どの結果でも、2人が会えさえすれば同じ(1点)」のように、結果に差がなく、行動が一致さえすれば良いゲームは対称(symmetric)な調整ゲーム、純粋調整ゲーム(pure coordination game)、またはマッチングゲーム(matching game)と呼ばれます(Camerar 2003)。

2人とも買い物が好きで、禅寺で会えれば1点、ショッピング・センターで会えれば2点、のようなゲームも考えられます。このゲームでは、行動が一致しないより一致したほうが良いのですが、一致したときに皆にとって利得が高い場合と低い場合があります。このようなゲームには、定着した呼び名はありません。ここではTremblay and Horton(2012)に従いパレート調整ゲーム(Pareto coordination game)と呼んでおきます。

調整ゲームのバリエーション

調整ゲームの解

調整ゲームでは、すべてのプレイヤーが同じ行動を選択することがゲームの解であるナッシュ均衡になります(他に確率を用いて選択を行う混合戦略のナッシュ均衡もあります)。例えば上述の女と男の戦いでは

(A)アリスも文太も禅寺に行く
(B)アリスも文太もショッピングに行く

という2つのナッシュ均衡があります(他に混合戦略のナッシュ均衡がある⇒最後の「注意点」を参照せよ)。実際にナッシュ均衡の求め方にしたがって利得に下線を引くと以下の図となり、両プレイヤーの利得に下線が引いてある戦略の組は、上記の(A)と(B)であることが分かります。

女と男の戦いのナッシュ均衡

このように調整ゲームでは複数のナッシュ均衡が存在し、その中でどれを起こりうる結果である「ゲームの解」とするのか、という問題が起きます。この問題は均衡選択の問題と呼ばれ、ゲーム理論の大きな研究テーマです。

このときその中の1つのナッシュ均衡が起きるとすべてのプレイヤーが共通な認識で予測できるような理由があるならば、それは解となりえます。このような皆が共通して結果として予測できるような点はフォーカルポイントと呼ばれます(Schelling (1960))。フォーカルポイントは、「社会慣習」や「これまで繰り返しプレイされてきて培われた経験」などによって形成されると言えます。

例えば上記の男と女の戦いでは、2人はいつも禅に行くことになっている(という慣習や経験があれば、2人は迷うことなく禅を選ぶでしょう。また、そのような経験がなくても「レディファースト」 (アリスに文太が譲る)という慣習があれば、やはり2人は禅を選ぶことになります。文太は、本当は2人でショッピングに行ったほうが良いのですが、アリスが禅に行くと予測するなら、ショッピングよりは禅が良い選択であり、アリスも文太が禅に行くと予測できるなら禅に行くことが良い選択です。つまりナッシュ均衡の定義である 「相手がそのナッシュ均衡の行動を選ぶなら、自分もそのナッシュ均衡の行動を選ぶことが一番良い」という条件を満たすことになります。

これに対して、上記のように2人が共通して予測できるフォーカルポイントがなければ、ナッシュ均衡は実現できるとは限りません。上記のようなゲームを実験室でやらせるとお互いが異なる行動を選び0点を食らってしまう結果も多く見られます。私も講義中にこの実験をやらせてみますが、うまくコーディネイトできるときもあれば、そうでない場合も多いです。うまくコーディネイトできない場合には、(当然ですが) 次の2つのパターンがあります:
・お互いに、自分が高い得点(2点)を選び合ってしまう。アリスが禅を、文太がショッピングを選び、お互いに0点を食らってしまう。
・お互いに、相手に高い得点を取らせようと譲ってしまう。アリスがショッピングを、文太が禅を選び、お互いに0点を食らってしまう。(私は「賢者の贈り物」パターンと呼んでいます。)

パレート調整ゲームでは、一般的にはプレイヤーにとって利得が高い<良い>ナッシュ均衡(パレート優位な均衡と呼ばれる) が望ましく、単純に考えるとそれが実現されると予想されますが、何らかの理由で両者にとって利得が低い<悪い>ナッシュ均衡が実現することも、十分あり得ます。先ほどの例2だと、2人ともショッピングに行くことで利得2が達成できるためこれが<良い>ナッシュ均衡ですが、例えば2人とも毎週毎週ずーっと禅寺に行っていることが定着していて、「相手は禅寺に行く」「相手は自分も禅寺に行くと予想するだろう」と考えれば(2人ともショッピングに行くほうが楽しいと分かっていても)禅寺に行くと考えられます。

調整ゲームにおいて、ナッシュ均衡が実現しない問題、ナッシュ均衡が実現してもパレート優位なナッシュ均衡が実現しない問題は、調整の失敗(coordination failure)と呼ばれます。

フォーカルポイントの例

単純なマッチングゲームでは、さまざまなフォーカルポイントがあると予想されますSchelling(1960)は、以下のようなゲームを(インフォーマルに)実験したようです。

  • 表(head)か裏(tail)のどちらかを選べ。2人が同じものを選んだら賞金をあげよう。
  • 好きな正の番号を選べ。2人が同じものを選んだら賞金をあげよう。
  • ニューヨークのどこかで待ち合わせをする。どこで待ち合わせをするか選べ。

何を選んでも良いのですが、お互いに同じものを選ぶと良いので「調整ゲーム」であることが分かります。賞金に差もなく個人で選ぶと良いものに違いもないので、マッチングゲームですね。

Schelling(1960)によると最初のゲームでは42人中36人がheadを、2番めのゲームでは40%が「1」を選んだといいいます。3番めの質問では多数がGrand Central StationのInformation boothだとされています。

Mehta, Starmer and Sugden (1994)は、このような実験を精緻に行っています。この研究では被験者は2つのグループに分けられ、1つのグループC (Coordination)では「(ランダムに選ばれた)相手と同じものを選んだら賞金を与える」とされ、もう1つのグループP(Picking)では「何を選んでも賞金を与えるので、好きなものを選べ」としています。上記の最初の質問では、グループCでは87%、グループPでは76%がheadを選びそれほど差がないのに対して、2番めの質問では、グループCで選ばれたのは「1」が40%に選ばれて一番多く(「7」が2番めで14%)、グループPでは「7」が一番多く11%になっています。このことからある種の質問に対して、「自分が好きなもの」を選ぶのではなく「相手と同じものを選ぶためには何が良いか」を考えてそれを選ぶというフォーカルポイントが存在するということが分かります。

SchellingやMehta達は言及していないのですが、実験結果のデータを見て私が感じたのは「皆が同じものを選ぶと賞金をあげる」と言っているのに、自分が好きな数や場所を選ぶ被験者は、少数ながら必ずいるんだな…ということです。ルールが理解できていないのか、それとも何か意図があるのか.「フォーカルポイントに従う」という行動は、「大勢」や「傾向」ではありますが、それに逆らう(理解できない?従わない?)個の存在も無視できず、それはやはり「少数」や「個性」や「多様性」と言う社会科学の重要なテーマに繋がるのだな、と思いました。

注意点

  • ここでは2人ゲームと多人数のゲームを曖昧に扱ってきましたが、厳密には分けて考えることが必要です。
  • ここでは確率を使わない行動の選択(純粋戦略)のみを考えましたが、調整ゲームには各プレイヤーが確率を使って行動を選択する混合戦略を用いたナッシュ均衡もあります。例えば女と男の戦いの例だと「アリスは禅を2/3、ショッピングを1/3で選び、文太は禅を1/3、ショッピングを2/3で選ぶ」というナッシュ均衡があります。例1のマッチングゲームだと「アリスも文太も、禅とショッピングを1/2ずつ選ぶ」というナッシュ均衡があります。
  • 相手と異なる行動を選ぶことが良いゲーム(チキンゲーム・混雑ゲーム)も広義の調整ゲームとみなされる場合があります。これはゲームの文脈を1回限りの2人のゲームと見做すか、多人数で長期間に渡って行われるゲームと考えるかで異なってきます。
  • 調整ゲームにおいて「複数の均衡の中でどれが起きるか」という問題は、ゲーム理論における均衡選択という理論によって分析されており、リスク支配という概念によって起きる結果が選ばれます。

参考文献

  • Camerar (2003), Behavioral Game Theory: Experiments in Strategic Interaction, Princeton Univercity Press.
  • Mehta, Starmer, Sugden (1994), The nature of salience: An experimental investigation of pure coordination games, The American Economic Review, Vol.84, No.3, pp.658-673.
  • Schelling(1960), The strategy of conflict, Harvard Univercity Press.
  • Tremblay and Tremblay (2012), New Perspectives on Industrial Organization: With Contributions from Behavioral Economics and Game Theory, Springer.

以下も参考にしてください。

東京都立大学 2020ゲーム理論1 オンライン講義(2020:コロナ対応)

囚人のジレンマ

囚人のジレンマとは

囚人のジレンマは、ゲーム理論の中で、もっとも有名な例・モデルと言えるでしょう。
2人のプレイヤーが「協力するか」「協力しないか」を選ぶ問題で、以下の3つの条件が成立するときに、それは囚人のジレンマと呼ばれます。

(1)各プレイヤーは、相手が協力するならば、自分は協力しないほうが良い。
(2)各プレイヤーは、相手が協力しなくても、自分は協力しないほうが良い。
(3)しかし各プレイヤーは、2人が協力しないよりは、2人が協力したほうが良い。

(1)と(2)から、相手が何を選んでも自分は「協力する」より「協力しない」ほうが良いので、2人は協力しないことを選択します。しかしその結果が2人が協力することよりも悪くなっているために問題となるわけです。

ここで 「協力する」ことはゲーム理論では支配戦略と呼ばれます。支配戦略は、相手が何を選んでも、自分にとって他の選択より良い選択です。このことから支配戦略を選ぶことは自明のように思えるのですが、 囚人のジレンマを考えると支配戦略を選ぶことが必ずしも自明では思えなくなります。

囚人のジレンマの由来

この問題が囚人のジレンマと呼ばれるのは、タッカー(A. Tucker。カルーッシュ・クーン・タッカー条件(Karush-Kuhn-Tucker condition)のタッカーです)という数学者が上の状況を以下のようなストーリーで表現したことが由来であると言われています(以下はタッカーのオリジナルのストーリーとは違います)。

(囚人ジレンマ ストーリー)重罪を犯しているが、証拠が不十分なため軽微な罪で逮捕されている2人の囚人がいる。彼らは別々な部屋で取引を持ちかけられる「お前だけが重罪について自白すれば無罪にしてやる」。
 もし2人が黙秘を続けると、軽微な罪で懲役1年である。しかし1人が自白し、1人が黙秘をすると、自白した方は釈放、黙秘した方は(捜査に協力しないことで罪が重くなり)懲役10年。しかし両方が自白すると(重罪で)懲役5年になる。
 さて、あなたが囚人ならば自白したほうが良いか、黙秘したほうが良いか?

この状況を表にすると、以下のようになります。

囚人のジレンマ

先に述べた「協力すること」を「黙秘」に、「協力しないこと」を「自白」に置き換えると、囚人のジレンマの3条件に当てはまることが分かります。すなわち、

(1)各囚人は、相手が黙秘するなら、自分は自白するほうが良い。
(2)各囚人は、相手が自白するとしても、自分は自白するほうが良い。
(3)しかし各囚人は、2人が自白するよりは、2人が黙秘したほうが良い。

相手が黙秘しても自白しても、自分は黙秘するより自白するほうが良いので、2人は自白を選びます。しかし、その結果は2人が黙秘するよりも悪くなります。

囚人のジレンマの例

この問題が興味を持たれるのは、社会や経済や政治の問題にこのジレンマが多く現れるからです。例えば

  • 2国間の軍備拡張の問題。相手国が軍備拡張しない場合、自国だけが軍備拡張をすれば相手に外交上優位な立場に立てる。相手国が軍備拡張しない場合は、自分も拡張して追いつかなければ、相手に優位に立たれてしまう。しかし、両国とも拡張すると、拡張前と力のバランスは変わらず、ただ軍事費だけが増えてしまう(核兵器の問題にも同様な文脈が使われます)。
  • 安売りの問題。競争関係にある2店舗が、顧客を取り合うために、商品の価格を現状維持とするか、安売りをするかの問題。相手が現状維持の場合、自分だけが安売りをすれば顧客を奪い売上が増えるので、安売りをしたほうが良い。相手が安売りをしている場合、自分だけが現状維持をすると顧客を奪われ売上が減少するので、こちらも安売りをしたほうが良い。しかし両者が安売りをすると、顧客を奪うことはできず、価格の低下で売上だけが減ってしまう。

と言った現象です。なお安売りの問題は、安売りをしている企業にとっては問題ですが、消費者にとってはそれ以上に恩恵があります。市場の価格競争は、囚人のジレンマという構造を利用して消費者の厚生を高める仕組みだと言うこともできます。

囚人のジレンマの繰り返し

囚人のジレンマは、本来なら協力することが望ましい2人が協力しない方が良いという結果になってしまうジレンマです。これは、協力することをコミットするような契約(協力しなければ罰金を払うなど)を結ぶことで解決できる可能性がありますが、国家間の関係のように、このような契約を結ぶことが難しい場合もあります。このような場合、囚人のジレンマの状況は1回きりではなく、長期間に継続する問題でもあります。このような長期間に続く囚人のジレンマは、囚人のジレンマを何度も繰り返すようなゲームだと考え、繰り返しゲームという枠組みで分析されます。

注意点

囚人のジレンマを語るには、以下のことに注意する必要があります。

  • 2人ではなく3人以上の多人数版の囚人のジレンマは共有地の悲劇と呼ばれます。(3人以上でも、「囚人のジレンマ」と呼ばれることもありますが)。
  • 「2人が協力しない」というゲームの解を支配戦略ではなく、ナッシュ均衡であるとしている解説もあります。全員が支配戦略を選ぶことは、ナッシュ均衡の特殊ケースなので、そうしても間違いではありません。しかしナッシュ均衡より強い支配戦略として理解するほうが適切です。
  • 囚人のジレンマと言われている状況でも、3つの条件のうち、(2)について抜けている場合があります。例えば
    X先生と2人で教授会で口論になり、教授会の時間がどんどん長引いている。(1′)X先生が折れるなら、自分は折れるより折れないほうがいい。(2′)自分が折れるなら、X先生は折れるより折れないほうがいい。(3′)でも2人が折れないなら、教授会は長引くばかりで、それなら2人とも折れたほうがいい(まったくの、まったくのフィクションです)。
    一見すると条件が3つ揃ってるように見えますが、(1′)も(2′)も「相手が協力するなら、自分は協力しないほうが良い」という囚人のジレンマの条件(1)を2人のプレイヤーに分解して言い換えただけで、条件(2)(相手が折れないなら、自分は折れたほうが良いのか、折れないほうが良いのか)が特定されていません。もし「相手が折れないなら、自分は折れたほうがいい」ならば、これはチキンゲームです。

囚人のジレンマのブックガイド

  • 囚人のジレンマ--フォンノイマンとゲームの理論 (1995)、ウィリアム・パウンドストーン(著)、松浦俊輔(訳)、青土社、\2600、ISBN:4791753607。
    • まさに「囚人のジレンマ」をタイトルにした本だが、それのみではなくゲーム理論の歴史と逸話に、ゲーム理論の初歩的な考え方を絡めた読み物である、ゲーム理論とは何かを知る入門書としても面白い。囚人のジレンマの誕生や囚人のジレンマに関する多くの研究について知ることができる。キューバ危機ではノイマン自身が原子力安全委員会の委員長として、ソ連とアメリカの囚人のジレンマにどう対応したかなどが興味深く記されている。原著はW. Poundstone、 Prisonaer’s Dillemma (1992)、Doubleday。
  • つきあい方の科学―バクテリアから国際関係まで (1984)、R. アクセルロッド (著)、Robert Axelrod (原著)、松田 裕之 (翻訳)、Minerva21世紀ライブラリー(ミネルヴァ書房)、\2600、ISBN:4623029239。
    • 「囚人のジレンマ」の研究の中で、一般の人に有名で影響が強く、分かりやすいのはロバート・アクセエルロッドのコンピュータプログラムどうしのトーナメントによる実験であろう。この本は、その詳細をな結果や経緯をもとに、囚人のジレンマ研究のビジネスへの応用が解かれている。
  • 信頼の構造--こころと社会の進化ゲーム (1998)、山岸敏男(著)、東京大学出版会、\3200、ISBN:413011086
    • 社会心理学の立場から実験やゲーム理論の成果などをふまえて囚人のジレンマや社会的ジレンマがどのように起こり、どのように解決されるかの要因を探り、分かりやすく解説した本。馴れ合いや安易な集団主義に警告を発し、真の信頼関係を築くために何が必要なのかを語る。出版当時は、これからの日本がどうあるべきかを示唆すると共に実験経済学などの方面を踏まえて、これからのゲーム理論がどのように進むべきかも考えさせられた。
  • 社会的ジレンマ--環境破壊からいじめまで(2000)、山岸敏男(著)、PHP新書、\660、ISBN:4569611745
    • 前述の本が社会的ジレンマ研究のサーベイや実験経過などを理論的に解説する研究者向けの本であるのに対して、同著者のこの本は社会的ジレンマとその解決を一般向けに解説した本であった。
  • 対立と協調の科学-エージェント・ベース・モデルによる複雑系の解明 (2003)、ロバート・アクセルロッド (著)、寺野 隆雄 (翻訳)、ダイヤモンド社、\3800、ISBN:447819047X ロバート・アクセルロッド最新刊