オークション理論の本

オークション理論を勉強するために参考となる本をいくつか紹介します。

  • 「マーケットデザイン」, ギオーム・ハーリンジャー (著), 栗野盛光 (翻訳)、中央経済社、2020。
    • マーケットデザインの「テキストブック」として書かれた本。ゲーム理論やミクロ経済学の知識がない初心者であっても、マーケットデザインについての理論と現実の両方について学んでいける本。
  • Auction Theory (Second Edition), Vijay Krishna, Academic Press, 2009.
    • オークション理論の最も優れたテキスト。単一財の独立価値モデル、価値依存モデル、メカニズムデザインと最適オークション、非対称均衡の分析、複数財のオークションと必要な理論が網羅されていて、しかも確率理論の必要となる部分(特に順序統計量と確率順序)がすべて付録に書かれている。数学記号の使い方も厳密で且つ簡潔で、他分野でもこれほどよくできたテキストは珍しい。真面目に勉強したいならばこれでやりましょう。なおfirst editionは2002年に書かれており、まだ売っていてKindle版もある。あくまでも厳密な理論を学ぼうと言う人向けです。
  • 「マーケットデザイン入門」、坂井豊貴、ミネルヴァ書房、2010。
    • Krishnaの本は英語だし重厚なので、まず「日本語で簡潔にオークション理論」を学びたいというなら、これが良い。単一財、複数財のオークションのエッセンスが書かれている。著者の坂井豊貴氏はメカニズムデザインの研究者として知られ、本書もマーケットデザインの入門書として前半をオークション理論に、後半をマッチング理論に割いている。なお、あくまでも厳密な理論を学ぼうと言う人向けです。
  • 「オークションの人間行動学 最新理論からネットオークション必勝法まで」、ケン・スティグリッツ (著)、 川越敏司・佐々木俊一郎・小川一仁 (翻訳)、日経BP社、2008。
    • “Snipers, Shills, & Sharks: eBay and Human Behavior,” Ken Steiglitz, Princeton University Press, 2007の翻訳。翻訳者の中心である川越先生は実験経済学の研究者として知られ、オークション理論にも詳しい。本書も、オークション理論だけではなく、実験経済学や行動経済学の知見や、ネットオークションも盛り込まれており、付録にはオークション理論の簡潔なサーベイがあるので、これを勉強すると良い。理論は難しいな~と思う人も、何とか読めます。
  • 「オークション理論の基礎」、横尾真、東京電機大学出版局、2006。
    • 著者の横尾先生は計算機科学でのオークションとメカニズムデザインの研究者として有名。この本は、計算機科学で特に重要な複数財オークションや架空名義入札という概念を中心にして、オークション理論の考え方やゲーム理論の考え方を初歩から分かりやすく説いている本です。誰もが読むことができます。オークション理論は、不完備情報ゲームという「確率」や「均衡」の概念を用いていますが、横尾氏を中心に計算機科学分野で使われるVCGメカニズムというオークションは耐戦略性という性質を重要視していて、この性質を中心として理論を展開する場合は、確率計算をあまり必要としません。このような分野からオークションを知りたい者には、最良の本であると言えます。
  • An Introduction to Auction Theory, F. M. Menezes, P. K. Monteiro, Oxford University Press, 2008.
    • 洋書を含めてもオークション理論をきちんと説明している本は少ないが、この本はそのうちの1つである。「Krishnaを1冊読みきるのは難しいので、少ない分量で...」というならこの本はどうでしょう。変わった数値例があって面白い。でも、あくまでも理論を学ぼうと言う人向けです。
  • 「メカニズムデザイン」、坂井豊貴・藤中裕二・若山琢磨、ミネルヴァ書房、2008。
    • メカニズムデザインで知られる3人の研究者によって書かれた本で、4章にオークション理論が載っています。本書はメカニズムデザインの一般的な理論を展開し、その適用例としてオークションを捉えたもので、その点では類を見ない本です。メカニズムデザインにも興味があるという人は、先に挙げたマーケットデザイン入門とともに読むと良いでしょう。
  • “Putting Auction Theory to Work,” Paul Milgrom, Cambridge University Press, 2004.
  • オークション理論の第1人者Paul Milgromによる本なので、是非手にしたい。単一財・複数財、独立価値・依存価値など、様々な文脈におけるオークション理論の展開が上記の本とは異なる構成で書かれている。また「積分包絡線定理」という彼のもう1つの研究成果から、オークション理論を捉えようとした意欲作でもあり、彼が携わったオークションの実際の設計に関する理論の適用も書かれている。ただ、数学の記法がやや煩雑でしかも曖昧さがあり、行間が激しく飛んでいる部分もあるので、それを埋めて厳密に理解しようとすると、なかなか大変である。なお翻訳書「オークション 理論とデザイン」、Paul Milgrom (原著), 川又邦雄・奥野正寛(監訳), 計盛英一郎, 馬場弓子(翻訳) があるのもうれしい。

勝者の呪い、独立私的価値と共通価値

単一財オークション理論では、商品に対して入札者がどのような価値を持っているかによってモデル化が異なります。ここではそれと勝者の呪いについて説明します。

独立価値モデルと共通価値モデル

独立私的価値(Independent Private Value, IPV)モデルは、個人によって商品の評価額(=価値)が異なるモデル、他者と自分の評価額が独立しているモデルです。スターやアイドルの所持品や遺品、絵画や骨董品のように「他人にとっては値打ちがなくても、自分にとっては値打ちがある」と言った商品に対して適用されます。この場合、入札者の評価額は入札者自身が分かっており、他者の評価額や情報に影響を受けません。

これに対し、すべての人にとって商品の本来の評価額が同じと考えるモデルを共通価値(Common Value, CV)モデルと呼びます。 ただし入札者はその評価額を正確に見積もることができず、人によって「誤差」が生じます。これは石油や鉱山の採掘権、転売を目的とした商品の入札などに当てはまるモデルです。石油の採掘権(=油田)の評価額は、そこから採掘される油田の埋蔵量☓原油価格によって一意に決まります(採掘にかかるコストを考慮するときもある)。しかし、埋蔵量がどのくらいあるのか、原油価格がどのくらいになるかの予想が人によってずれる(誤差を持つ)ため、入札者がその油田に対して持つ評価額がずれてくるわけです。また転売目的に商品を落札するときは、転売時の商品価格が評価額となるはずです。最終的にこれは一意に決まりますが、入札時の予想は人によって異なるため評価額がずれてくるわけです。

一般的には、個人の評価額は不確実で他者の評価額い依存・相関すると考える相互価値依存モデル(Interdependent Value)と呼ばれるモデルもあり、共通価値モデルはこの特殊な場合として考えることができます。

勝者の呪い

共通価値モデルにおいては、一番高く商品を評価した入札者が、落札して商品を手に入れます。しかし、一般的にその商品の「共通価値=正しい価値」は、すべての入札者の評価額の平均値に近いと考えられ、一番高く商品を評価した入札者は商品を過大に評価しています。落札価格が実際の商品の価値を上回っている可能性もあり、このとき落札者は実際の商品の価値を知ったときに、それよりも高い価格で商品を買ってしまったと後悔することが予想されます。これを勝者の呪い(winner’s curse)と言います。

私が共通価値モデルの話で思い浮かべるのは、「群衆の智慧(ジェームズ・スロウィッキー)」の冒頭に出てくる「雄牛の重さ当てコンテスト」の話です。

1906年にイギリスの科学者フランシス・ゴールドンは、イングランド西部の見本市における「雄牛の重さ当てコンテスト」で、ある調査をしました。このコンテストは、800人の参加者が「雄牛の重さ」を推測し、一番正解に近い人が商品をもらえる、というものでした。コンテストの参加者800人の予測のうち、判読不能な13人を除き787人の平均値を調べた結果、その平均値は1197ポンドでしたが(※1)、雄牛の実際の重さは1198ポンドで、ほとんど一致していたというものです。

この話は集合知=群衆の知恵の代表例として知られています。これはこれで面白くて話したいこともたくさんあるのですが、それはまた別の機会に。

さて、このコンテストが雄牛のオークションであったら、どうでしょうか? 牛肉1ポンドの価格はだいたい決まっているはずなので、 正しい雄牛の価格は牛肉1198ポンド分の「共通価値」になるはずです。そして、それは全員の予想の平均値とほぼ同じになります。しかしオークションを落札する人は、この雄牛の重さをもっとも重く予想した人になり、たぶんその人は落札後に勝者の呪いを持つことになるでしょう。

その商品の価値は一意に決まっていても不確実性があり、その価値を参加者が誤差を持って観察する場合は(ガウスを信じるなら)、参加者の評価額は以下の正規分布のように分布するはずです。

参加者の評価額の分布

もっとも高い評価額は平均値=真の評価額よりも、必ず高いところにあります。もしセカンドプライスオークションの説明で述べたように、参加者が自分の評価額を正直に入札したら、落札者は必ず勝者の呪いを起こすことになります。

共通価値モデルのセカンドプライスオークション

このことから共通価値モデルでは「セカンドプライスオークションでは、参加者が自分の評価額を正直に入札する」ということは成り立たないことが分かります。合理的な入札者は、自分が勝者になっても勝者の呪いが起きないように、自分の評価額よりも低く入札を行うという結果が得られます。

※1 ゴールドンは実際は中央値を用いていたそうです(Wallis, 2014)。

参考文献

  • James Surowiecki (2005) The Wisdom of Crowds, Anchor.(翻訳:ジェームズ・スロウィッキー (著), 小高 尚子(翻訳)、群衆の智慧、角川書店)。※この本は昔は「『みんなの意見』は案外正しい」という名前で出版されていました。こっちのほうが馴染みがありますよね。
  • Kenneth F. Wallis (2014) Revisiting Francis Galton’s Forecasting Competition, Statistical Science, Vol. 29, No. 3, 420-424.

ラジオで「オークション理論」を説明

今年のノーベル経済学賞「オークション理論」を説明するため、ラジオにインタビューで出演しました(5分くらい)。番組内で流れます。セカンドプライスオークションについて、説明しています。
文化放送11月2日(月)午後8:00-8:30「長尾一洋 孫子であきない話」

オークション理論を知ろう(1):セカンドプライスオークションと収益等価定理をざっくり解説

収益等価定理とは、どんなオークションでも、売り手に与える収益は同じになるという驚くべき定理です。ここではセカンドプライスオークション(第2価格入札)、ファーストプライスオークション(第1価格入札)、競り(イングリッシュオークション)の3つのオークションについて考え、(1)セカンドプライスオークションでは参加者が自分の評価額をそのまま入札することが良いことや、(2)収益等価定理が成り立つ理由、などについて、直観的にざっくりと説明します。

セカンドプライスオークションと収益等価定理

ゲーム理論やオークション理論を習ってまず感激するのはセカンドプライスオークション(第2価格入札)というオークションの理論です。このオークションは1番高い入札をした人に、2番めに高い入札額で財を売るというヴィックリなオークションです(これを考えたVickreyにかけました.すみません)。

「おい、そんなことをしたら、売る人が損するんじゃね?」と思うひと。ゲーム理論やメカニズムデザインを勉強しましょう!そうではないんですよ。

普通のオークションは1番高い入札をした人に、その人の値段で売りますよね(ファーストプライスオークション=第1価格入札)。すると入札者は安く買うために入札額を下げようとします。ただし下げすぎると競争に負けて落札できないので、ここで迷うことになります。

ところがセカンドプライスオークションだと、落札者が財を購入する価格は自分の入札額ではない(自分の次に高い人の入札額)ので、安く入札しようが高く入札しようが、自分が買う値段には関係ないことになり、参加者の入札額は通常のファーストプライスオークションより高くなります。

参加者が安めに入札したファーストプライスオークションの1番高い入札額と、参加者が高めに入札したセカンドプライスオークション の2番めに高い入札額…どっちが売り手にとって良いか分からん、ということになります。これが同じになるっていうのが収益等価定理なんですね。

ここからは以下の例で考えてみましょう。いま真帆とはるかという2人の参加者がオークションに参加していて、売られている財(怪しい水晶玉)の評価をそれぞれ120万円、200万円としているとしましょう(図1)。

図1 オークションの設定

セカンドプライスオークションの戦略


さてオークションがセカンドプライスオークションであるとします。 ここでセカンドプライスオークションで、はるかは、自分の評価額を正直にそのまま入札することが最適な入札となることを説明します。

  • 評価額の200万円より安い金額xを入札した場合。このように入札しても、もし落札できれば、200万円を入札したときと同じ金額で買うことになる。(相手の入札額が落札価格なので)。しかも相手がx万円以上を入札してきたときは、落札できないので評価額の200万円を入札したほうがいい。
  • 評価額の200万円より安い金額yを入札した場合。このときは相手が200万円より高い入札をしても落札できる訳だが、それでは評価額より高い金額で買うことになってしまう(赤字)。相手が200万円より安い入札をしたら200万円でも落札できるので、評価額の200万円を入札したほうがいい。
  • 図に示すと図2のようになる。
図2 第2価格入札では評価額を入札することが一番いい

この話は相手の評価額や入札額が何であっても成り立つことに注意しましょう。セカンドプライスオークションでは、相手がどんな入札をしても自分の評価額を正直に入札することが良い、ということになります(これをゲーム理論では弱支配戦略と言う)。これがセカンドプライスオークションがヴィックリオークションと呼ばれる理由です(しつこくて、すみません)。 この性質はセカンドプライスオークションの耐戦略性と呼ばれ、メカニズムデザインにおいて重要な性質と考えられています。

このようにセカンドプライスオークション では参加者は自分の評価額を正直に入札します。その結果、売り手の収益は、2番目に高い参加者の評価額になります。図1の状況では、真帆は120万円、はるかは200万円を入札し、売り手ははるかに120万円で財を売ることになります。

ファーストプライスオークション

では通常の1番高い入札をした人に、その値段で売るファーストプライスオークションでは、どうなるのでしょうか。これはセカンドプライスオークションのように「相手がどんな入札をしても…」とは行きません。相手が高く入れれば高く、低く入れれば低く入れなければならないので、相手の評価額を推測する必要があります。そこで不完備情報ゲームの理論、確率論、微分方程式、と飛び道具を使わなければなりません。ここではそうも行かないので、単純化して相手の評価額が分かっているとして考えてみましょう。

図1の状況で、皆さんが「はるか」だったらいくらを入札するでしょうか?はるかは競争相手の真帆の評価額が120万円であることを知っているとしています。真帆が90万円くらい入札するなら、安く91万円くらいで買いたいところですが、はるかは真帆の評価額が分かっても入札額は分かりません。しかし真帆は120万円以上は絶対に入札してこないはずです。したがってはるかは120万円を超えるできるだけ安い価格を、可能であれば120万1円とかを入札すれば良いはずです。

つまりファーストプライスオークションでは、評価額が1番高い参加者は2番めに高い参加者の評価額の僅かに上を入札すれば良いわけです.「僅かに上」は無視できるとして、ファーストプライスオークションでは評価額が1番高い参加者が2番目に高い参加者の評価額を入札すると考えることができます。その結果、売り手の収益はやはり2番目に高い参加者の評価額になります。図1の状況では、真帆は120万円以下を、はるかはほぼ120万円を入札し、売り手はほぼ120万円で財を売ることになります。

競り

収益等価定理は競りにも適用できます。図1の状況で、30万円、40万円、50万円…と価格が競り上がっていく状況を考えましょう。このとき真帆やはるかはどうするでしょうか?

図3:評価額までは競りに参加する

参加者は、自分の評価額を超えるまで、真帆は120万円まで、はるかは200万円まで競りに参加して、頑張るでしょう。しかし評価額になると、競りから降ります。その結果、真帆が120万円で落札することになります。

図4:評価額を超えると競りから降りる

このように競りでは、評価額の2番めに高い参加者が降りた時点で、評価額の1番高い参加者が落札することになります。落札額は参加者の2番目に高い評価額になります。1番高い評価額には関係ないことに注意です、図の状況でたとえはるかが1億円まで出すつもりがあっても、真帆が120万円以上出す気がないなら、120万円で落札するわけです。その結果、競りでも売り手の収益はやはり2番目に高い参加者の評価額になります。

ちなみに競りで参加者は、相手の評価額を予想する必要はなく、自分の評価額まで競りに参加し、自分の評価額を超えれば競りから降りることが一番良いということが明らか(obvious)です。明らか均衡です。このことからセカンドプライスオークションと競りは、同等であるとも言えそうです。

収益等価定理

以上から、ファーストプライスオークション、セカンドプライスオークション、競りは、売り手に同じ収益を与え、それは参加者の2番めに高い評価額になるということが、ざっくりと分かりました。セカンドプライスオークションと競りでは相手の入札額に関係なく、このことが成り立つのですが、ファーストプライスオークションをはじめとする他の入札では、相手の評価額を確率に従って予測しなければなりません。結果としては、ある条件(後述)においては、どんなオークション(サードプライスオークションとか、一番安い入札額で売るとか、第1価格と第2価格の平均値で売るとか)でも、売り手の収益は2番目に高い参加者の評価額の期待値になる、というのが収益等価定理です。

定理の説明の補足、私的価値と相互依存価値

セカンドプライスオークションで評価額を正直に入札すれば良いという性質や、収益等価定理は入札者の評価額が他者の評価額に依存せず決まっている私的価値(private value)モデルについて成り立ちます。参加者が財に対して持つ価値が他者に依存する相互依存価値モデル(interdependent value)モデルでは、セカンドプライスオークションでも現在の評価額を正直に入札すれば良い、とは言えなくなります。

収益等価定理が成立するには(1)オークションで販売される財の価値に対して参加者が持つ価値は、他者とは独立に決まること (IPV:Independent Private Value)という条件以外にも、(2)その価値は事前には同一で独立の確率分布に従っていること、(3)参加者の行動は対称的(同じ価値であれば同じ入札額になるという感じ)であること、(4)参加者はリスク中立的であること、などが必要です。これらの条件が成立しない場合は、オークション形式により、売り手に与える期待収益は異なります。

定理を正しく理解するには、(1)ゲーム理論の不完備情報ゲームを修得し、(2)確率に対する知識を持ち、その中でも順序統計量という理論を理解し、なおかつ(3)微分方程式が解けなければならない、というもので意外と(かなり?)手強いです。なので、セカンドプライスオークション、競り、ファーストプライスオークションの3つのオークションについて、収益等価定理が成り立つ理由について、かなりいい加減ですが、直観的な説明をしました。