「賭け」や「ゲーム」を考えたときに、多くの人はあまり区別をしていないように思えます。ルーレット、宝くじ、ポーカー、麻雀、競馬と言えば、一括りにギャンブルや賭け事と見られることが多いと思います。しかし、これらの「賭け」や「ゲーム」は、複数の視点で分けることができ、それによって関連する学問分野も違ってきます。

ここではいくつかの視点から賭けやゲームを分類することを試み、それに関連する学問分野について触れてみたいと思います。

(1)不確実性の有無

賭けやゲームにおいて重要な要素は「不確実性があるか、ないか」です。例としては、以下のように分類できるでしょう。

  • 不確実性がないゲーム
    • マルバツゲーム(3目並べ)、囲碁、チェス、将棋、オセロ
  • 不確実性があるゲーム
    • バックギャモン、ブラックジャック、ルーレット、ポーカー、宝くじ、競馬

上記の不確実性がないものは、一般には「賭け」とは言わず「ゲーム」とだけ呼ばれることが多いでしょう。ここでの「不確実性がない」とはルール上の話です。マルバツゲームのような単純なゲームであれば(少し賢い大人であれば)勝負の結果にも不確実性はありませんが、囲碁や将棋など多くのゲームはプレイヤーが最適な戦略を計算できないため、勝負の結果は不確実であると言えます。このことから、古くから囲碁や将棋では、金銭を賭けることがあり(違法ですよ)、この場合は賭博や賭けごととして認識されます(wikipedia「真剣師」なども参照のこと)

2人ゲームで不確実性がない完全情報ゲーム(同時に行動することはなく、相手が何を選んだかがすべて分かるもの)は組合せゲーム(combinatorial game)game with no chanceなどと呼ばれており、数学や情報学分野で研究されています。参考となる書籍とページを以下に挙げておきます。

(2)勝利確率と利得へのプレイヤーの関与

これ以降では、一般に「賭け」や「ギャンブル」と言われる「不確実性のある賭け」の分類について考えます。Brumell and Schwartz (1986) はギャンブルを2つの観点から計4種類に分類しています。1つ目の観点は「勝つチャンスが完全に運によるか、技術を要するか」のどちらであるか。もう1つの観点は「勝利による利得が完全に運に依存するもしくは定まっている(技術によって増減しない)か、技術によって利得が増加するか」です。表にすると以下のようになります。

「技術によって増減」というのは、少し問題があり「プレイヤーの関与」と言い換えた方が良いかもしれません。

宝くじもナンバーズも番号はランダムに出るため、勝利確率は完全に運に依存していて、プレイヤーは関与できません。しかし、普通の宝くじの賞金は技術を持ってしても増加しませんが(そもそも、ほとんどくじを選べない)、ナンバーズやロトは、自分が選ぶ番号によって賞金が変わる可能性があります(参考:賞金額の高いナンバーズの番号)。したがって勝利による利得の分類は、宝くじとロトやナンバーズでは異なると言えるでしょう。

ブラックジャック、ポーカー、バカラ、競馬などは技術によって勝つチャンスも利得も増加する可能性があります。右下のセルに分類されるこれらのギャンブルが、私達が一般にギャンブルと呼ぶもののほとんどを包括しています。

(3)参加者の人数

参加者が多数か少数かは、賭けを分類するのに重要な要素であると、私は考えています。

カジノなどで扱われる賭け、ブラックジャック、ルーレット、バカラなどは賭けの参加者が比較的少数です。このような問題は、確率論統計学心理学などがそれを取り扱う学問分野になるでしょう。ゲーム理論もこれらを扱う重要な分野です。

これに対し競馬などは、賭けの参加者が多数です。これを取り扱うには経済学で考える市場の理論が必要です。経済学ファイナンス理論・金融工学などがこれを取り扱う学問分野になるのではないでしょうか。もちろん、参加者が少数である賭けを取り扱う確率論や統計学、心理学も必要となり、これらを合わせた行動経済学行動ファイナンスなどは重要な学問分野です。

よく間違えられるのですが、私の専門のゲーム理論は、基本的には少人数のプレイヤーを考えるため競馬のような多人数の賭けの分析には向きません。しかしゲーム理論の中でも進化ゲームと呼ばれる分野は、多人数を想定するので分析に絡んできます。私の研究には、競馬を進化ゲームで扱った”Favorite–longshot bias in pari-mutuel betting: An evolutionary explanation“という論文があります。

(4)主催者・胴元は賭けをするか?

「賭け」にはたいてい主催者がいて、それを胴元などと呼んだりします。カジノの主催者はオーナーで、日本の中央競馬ではJRA(日本中央競馬会)です。宝くじの場合には、みずほ銀行を主催者と考えるよりは、自治体などを主催者と考えたほうが良いでしょう。多くの場合、法律で公認のギャンブルは公営で、ギャンブルの主催者は公的機関であったりします。

主催者の収入が運に依存するかどうか、言い換えると主催者自身がギャンブルをするかどうかは賭けを分類する重要な要因です。多くのギャンブルの主催者が公的機関であることを考えると、公的な収入が運に左右されるかどうかに対応するので、これは経済学的にも政策的にも重要な問題です。

カジノにおける多くのギャンブルでは、主催者の収入も運に依存します。例としてルーレットを考えてみましょう。アメリカンルーレットの場合、数字の数は0と00を含めて38個で、1つの数字に賭けて当たった場合の払い戻し倍率は36倍です。仮に全員が(「赤」[黒」とか「奇数」「偶数」のような賭け方ではなく)1つの数字に賭けるような賭け方をすれば、主催者の期待収入は

賭けられた金額×(38分の2)

となります。これはあくまでも期待値であって、確実な収入ではありません。たまたま、参加者がルーレットの数字を次々に当てた場合は、主催者収入はマイナスになります。主催者の収入が、参加者と同様にルーレットの目に左右される点では、主催者も賭けをしていると考えられるでしょう。ただし、試行回数を多くすれば大数の法則から、収入の期待値は確実な値に近づくので、多くの場合に、この主催者の不確実性は問題になりません。

これに対して、宝くじや日本の競馬はパリマチュアル(parimutuel)方式と呼ばれ、賭けられたお金から一定の額を控除した後、勝者にお金を配分するという方法をとっています。このような方式では主催者の収入は賭けられた金額で確定し、運には左右されません。例として、日本の競馬を考えてみましょう。日本の中央競馬では、賭けられたお金の約25%(馬券による)を主催者が控除した後、その金額を勝者に配分することになっています。主催者の収入は

賭けられた金額×25%

となります。ルーレットと異なる点は、これは確実な収入であり、本命が来ようが、穴馬が来ようが、どの馬が1着になったかには関係なく、主催者の収入は賭けられたお金にのみ依存します。ルーレットでは、主催者の収入が出た目に依存するのとは対照的に、この場合は、主催者は賭けはしていません。

なお、日本の競馬と異なり、イギリスの競馬ではブックメーカー方式と呼ばれる主催者自身が賭けをする形もとられています。

私が監修した「競馬の経済学」にも、このあたりのことは少し書きました。

(5)賭事(とじ)と博戯(ばくぎ)

以上の分類は、数学的な、もしくはゲーム理論と経済学から見た分類ですが、ここでは視点を変えて法律的な観点から見てみましょう。

wikipediaの「賭博」の項目では、大谷實『新版刑法講義各論[追補版]』(成文堂、2002年)533頁を参照して「賭ける対象となる勝負事の結果に当事者として関与できるかどうか」という視点から、以下のように賭博を賭事(とじ)と博戯(ばくぎ)に分類しています。

賭博とは、賭事(とじ)と博戯(ばくぎ)の二つを合わせた言葉である。賭事と博戯の違いは、賭ける側の人間が、賭ける対象となる勝負事の結果に当事者として関与できるか否かである。

賭事(とじ) – 勝負事の結果に参加者が関与できないもの

博戯(ばくぎ) – 勝負事の結果に参加者が関与できるもの

公営競技、「野球賭博」「富くじ(宝くじ)」「ルーレット」、「バカラ」などは賭事であり、「賭け麻雀」「賭けゴルフ」「賭けポーカー」などは博戯である。「クラップス」のように、一つのゲームで賭事と博戯が混在する場合もある。

この「勝負事の結果に参加者が関与できる」という概念は、(1)の中の「勝つチャンスや運が技術により増加する」とかなり近い概念ではあるものの、「勝負事の結果」と「賭けの結果」が違っていることに注意が必要です。

例えば、競馬の場合は、どの馬が勝つかどうかという「勝負事の結果」には参加者は関与できませんが、どの馬に賭けるかによって参加者の当たる確率、つまり「賭けの結果」には参加者は関与できます。