競馬の経済学という本を監修するにあたり、中央競馬のお金の流れについて整理してみました。賞金額や馬券の売上など、その1つ1つについては語られることがあるものの、お金の全体の流れ(経済)について、まとめられたものは、あまり見当たりません。日本の競馬という大きな産業について理解する資料となればと思います。
ここでは2021年(令和3年)を例とします。以下の2つを主たる資料としました。
- 令和3年JRA財務諸表 https://jra.jp/company/about/financial/pdf/zaimu03.pdf
- 令和3年JRA決算報告書 https://jra.jp/company/about/financial/pdf/houkoku03.pdf
これらをまとめたものが以下の図です。これを使って説明していきたいと思います。なお%で書かれた割合は、「馬券の総売上」に対する割合です。
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大まかなお金の流れ
2021年の馬券の総売上は3兆1000億円でした。金額が大きくて、感覚がおかしくなりますね。このうちの約76%にあたる2兆3千億円は払戻金として馬券が当たった人に戻され、10%の3100億円は国に納付されます(第1国庫納付金と呼ばれる)。したがって残ったお金(4500億円)が、JRAに入るお金(収入)と考えられます。
JRAの収入は他にも、(1)馬券以外の事業収入(入場料、地方競馬の馬券委託販売料、競走馬の登録料、育成馬の売却代など)が18億円、(2)事業外収入(利息収入など)が5億円ありますが、お金の流れ全体から見れば誤差範囲と言えます(18億円が誤差というのもなんですが)。
これに対して、JRAから出ていくお金は大きく3つに分かれています。1つは競馬事業費と呼ばれていて1390億円です。競馬を開催するために必要なお金で、競馬場の運営費(開催費)や広報(参加促進費)、競馬場や競馬場の周辺をきれいにするお金(環境整備費)、と言ったところでしょうか。2つ目は業務管理費と呼ばれていて1100億円です。これは役職員の給与と福利厚生費、営繕費(建物の改修等)、管理事務費からなっているようです。
3つ目は競争事業費と呼ばれます。競馬事業費と間違えそうで、金額もほとんど同じで同じ1390億円です。ほんと、間違えそうですが、この主な内訳は賞金960億円で、他に「競走馬等管理諸費」となっています。
これらの収入から費用を引いたものがJRAの純利益で710億円となります。馬券の総売上の2%にあたります。しかし純利益は内部留保にはならず、その半分356億円は国に納め(第2国庫納付金)、残りの半分は特別振興資金として、畜産振興や競馬振興に使うことになっています。たまに行われる「払戻金の上乗せ」というのも、この「特別振興資金」から支払われるのだと、今回、知りました。
賞金とその行方
賞金の960億円は、馬券の売上の3%に相当します。このお金は、馬主に入ります。しかし馬主は進上金(成功報酬)として、その20%を調教師、騎手、厩務員に払うので、実際に手にするのは80%と言われています(そこから、また所得税を払うことになります)。馬主の取り分は80%であるとは、よく言われていることですが、正式にはどのように取り決められているかは、自分では調べることはできませんでした。馬主と調教師の間には、競走馬を預託する契約が結ばれているので、そこに記されているのだろうと思います。
そうすると馬主が受け取る賞金の総額は768億円となります。この賞金が、馬主の次の馬を購入するための資金となると考えられます。どのくらいのお金が牧場(生産、育成)に回るのでしょうか。「経済」としては、このあたりが重要だと思うのですが、手をつけることができませんでした。
特別振興資金
純利益の半分は「特別振興事業」という特別な事業の資金として、次年度に使われます。2021年の356億円は2022年にどのように使われたのかも、簡単にふれておきます。(令和4年JRA決算報告書を参照した。 https://jra.jp/company/about/financial/pdf/houkoku04.pdf)
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特別振興資金は2021年期末時点で、その資産残高が1000億円となっています。2022年は、2021年の356億円が収入として加わりましたが、事業への資金の支出額は237億円で、残りの120億円は資産として繰り入れられ2022年期末時点での資産残高が1120億円に増加しています。
特別振興事業は、主に競馬振興事業費、畜産事業費、払戻金上乗せ、競馬法附則交付金の4つに分けて使われるようです。このうち競馬振興事業費102億円は、.競馬理解増進(PR)などのほか、「引退競走馬のセカンドキャリア形成等に向けた取組み支援」「ギャンブル依存症への取り組み」など、いろいろな事業に使われます。
畜産振興事業費42億円は、事業をJRAが公募し、採択された50の事業に使われたようです。事業の一覧が公開されており、一例を挙げると
- 牛伝染性リンパ腫発症予測診断技術開発事業(東京大学)1億円
- 家畜防疫・衛生指導対策事業(中央畜産会)10億円
- 国産トウモロコシ子実の有用性の検証事業(山形大学)1億円
- 乳用子牛のスマート健康管理技術開発事業(麻布大学)0.9億円
などとなっています。(令和4年畜産振興事業事業報告を参考にしたhttps://www.jra.go.jp/company/social/livestock/about/pdf/jigo_r04.pdf)大学の研究者としては、このような資金が大学に流れるのはうれしいことです。応募書類を一生懸命書く研究者の姿が目に浮かびます。
払戻金上乗せは、いわゆる「JRAプレミアム」「夏の2歳単勝」とかです。会計上は「馬券の払戻金を減らす」のではなく、ここから支出し「上乗せ」しているのですね。払戻金上乗せによる効果は、値下げによる需要の増加と同じで、ぜひ一度計測してみたいです。
最後の「競馬法附則交付金」というのが分かりにくいです。これは「地方競馬を活性化させるために、JRAは地方競馬の振興のためのお金を出しなさい」という法律の条項(競馬法附則第8条第2項)のために使われるお金のようです。
まとめ
以上、令和3年(2021年)を例にして、競馬のお金がどのようになっているかについて、まとめてみました。私としては、賞金として馬主さんに渡ったお金が、馬の購入代金として生産や育成の牧場にどのくらい渡っているかも興味があるところですが、これは簡単に知ることはできないので、おいおい調べていきたいと思います。
このようなお金の流れから競馬について知ることも面白いのではないかと思います。興味がある方は、競馬の経済学を手にしてみて下さい。